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アンドレア・ピルロ、元イタリア代表の選手です。

 

今は、メジャーリーグサッカーのニューヨークシティーに所属する、ミッドフィルダーです。

 

アンドレア・ピルロは、元々フォワードの選手で、先日ご紹介した、ロベルト・バッジョと

 

同じタイプの選手でした。

 

ブレシアでデビューしたアンドレア・ピルロは、1998年イタリア名門のインテルに移籍を

 

果たします。

 

 

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憧れと挫折・・・

 

 

しかし彼の最大のウィークポイントフィジカルの問題でインテルでは、選手層も厚いことから、

 

彼の持ち味が発揮できぬまま、レッジーナ経由で出身クラブのブレシアに

 

戻ります。

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そこで運命の再開を果たします。

 

何を隠そう、それが元インテルのチームメイトロベルト・バッジョです。

 

ロベルト・バッジョのウィークポイントもアンドレア・ピルロと同じくフィジカルでした。

 

同じ境遇でインテルでも同じチームメイトであった彼には、ロベルト・バッジョは、

 

頼りがいのある人物そのものだったと思います。

 

 

 

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その当時の監督が、中田英寿ペルージャ時代の監督マッツォーネ監督で、この監督は

 

時代と逆行した戦術、ファンタジスタを重宝する戦術で、見るものを魅了しました。

 

その当時のフォワードは、ロベルト・バッジョとイタリア代表のルカ・トニ。

 

ボランチには、現マンチェスター・シティ監督のジョセップ・グアルディオラと

 

アンドレア・ピルロにダブルボランチです。

 

その当時のブレシアはとても魅力的な戦術で見るものを、魅了し続けました。

 

そこで、アンドレア・ピルロはボランチの位置から決定的なパスをだすレジスタとしての

 

能力を一気に開放します。

 

結果彼は、その後様々なチームを渡り歩き、史上最高のレジスタの称号を得ました。

 

インテルでの挫折とロベルト・バッジョとの出会いがなければ、今の彼はなかったですし

 

2006年のワールドカップ優勝もイタリアではなかったでしょう。

 

アンドレア・ピルロの長所は、ドリブル・パス・シュート・フリーキックすべてですが、

 

独特の間合いフィジカルでの接触を極力避けるよう、ポジショニングを取ることで、

 

アンドレア・ピルロのだすパスは常に、決定的なパスやボールの持ち出しでした。

 

 

 

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フリーキックでは、ブレ球と呼ばれるフリーキックの元祖で、縦回転の落ちるボールと

 

横回転の滑る起動のフリーキックを状況ごとに蹴り分けて、

 

決定的な仕事をしてきました。

 

その結果、ロベルト・バッジョから「僕の後継者」と言わせたほどです。

 

所属するチームもふたりとも似ていて、イタリアの3大チーム、

 

ユベントス・ACミラン・インテルでプレーした数少ない選手です。

 

来年ワールドカップが在るので、代表を引退してしまっているのが残念です。

 

アンドレア・ピルロの後継者は、今パリ・サンジェルマンにいる、

 

マルコ・ベラッティと言われてます。

 

24歳の若者です。

 

今後の活躍が期待できます。

 

 

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まとめ

1998年ワールドカップ終了後に、ロベルト・バッジョとチームをしたことから

 

彼の物語が始まっていて、その時の若者が史上最高のレジスタと呼ばれるまでになった系譜を、

 

同じ時代に見ることが出来たのは感激の一言です。

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